東京うど

立川でうどの生産が始まったのは、養蚕が衰退した昭和20年代からで、本格的に生産が始まったのは昭和30年代に入ってからです。収益性が高く、冬場の農閑期の貴重な収入源として栽培が盛んになりました。武蔵野、小平、国分寺を経て立川に栽培技術が伝わりました。武蔵野で行われていた室(むろ)での栽培は、立川の地質(崩れにくい関東ローム層や温度、湿度保持)が適していたため、立川が一番盛んになりました。

TOPへ戻る